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東京高等裁判所 昭和39年(ツ)176号 判決 1965年3月16日

理由

上告理由について

原判決の判示によれば、原審は下記の事実を確定している。すなわち、上告人は竹内機業店なる商号で伊勢崎銘仙の製造及び販売業を行つていたが、漸次営業不振となつて多額の債務を生じ、資金繰りも困難となつた。そこでその打開策として昭和三十六年十二月十七日ごろ本庄市内の上町会館に、本件各手形の所持人である有限会社保坂染工場を含む多数債権者の出席を求め(有限会社保坂染工場では取締役保坂清作が同会社を代表して出席)予め調査作成しておいた竹内機業店の債務明細表、資産明細表を配付し、その経営状態を説明して債務の支払猶予を得て営業を継続したい旨申入れ、債権者らの善処方を求めたところ、債権者らの総意はこれを認めず、直ちに営業を整理廃止し、負債の整理にあたるべしということにあつたので、結局同日かぎり竹内機業店は営業を廃止することになり、同日上記訴外会社を含む出席の債権者らと上告人との間でその整理方針として次のような取り決めがなされた。その取り決めの内容は、(一)乙第一号証の二ないし五記載の資産(原料、製品、半製品、機械器具、債権)を総債権者に譲渡する。(二)とりあえず、資産中物件は上告人方で保管する。(三)右物件は債権者らで早急に換価し、その代金を債権者の債権額に応じて公平に分配充当する。(四)換価処分後若し余剰があれば、その部分を上告人に返還し、不足の場合は、後日改めて両者協議して、残債務の処理方法(免除するかどうか、更に免除しない場合は、その支払方法、時期等)をきめる。(五)債権者らの代表として訴外白川森三郎、岡田穣、金子清の三名を選び、以後上告人との接渉には右三各があたる等であつた。その後債権者の代表らは、前記資産のうち訴外根岸商店に対する竹内機業店の債権は不確実なものとしてこれを除外し、その余の物件は同月二十日これを確認したうえ、改めて上告人から右物件の担保差入書を徴し、右差入書記載の物件を同差入書記載の各債権者の債権(有限会社保坂染工場の本件各手形上の権利も右に含まれる)の担保として提供することを確認し、次いで同月二十四日上告人から上記物件の引渡を受けた。原審は、上記の事実に基き、上告人から債権者らに上記物件の引渡がなされたのは、代物弁済の趣旨でなされたものではなく、右債権者らの債権を担保する目的(譲渡担保の趣旨)で債権者らに該物件の所有権を移転し、これを引渡したものと認めるのが相当であり、昭和三十六年十二月十七日上告人と債権者ら間になされた前示の取り決めは、債権者らは上告人の各債務の支払を猶予して欲しい旨の申入を容れず、直ちに営業を整理廃止して負債の返済にあたるべきことを求め、これを前提としてなされた経過に徴すれば、右取り決めの趣旨は、まず譲渡物件の売却代金をもつて弁済にあてるものと解せられるにしても、当然に前記債権者らに対する各債務の支払を右売却処分完了まで猶予することまでも包含しているものとは解し難いと判断し、上記協定四項に基く協議決定があるまで、本件手形金債務についての支払時期が延期されたとの上告人の主張を排斥し、被上告人の本件各手形金の請求を全部認容した。

しかしながら、上記原判決の確定した事実によれば、昭和三十六年十二月十七日上告人と債権者ら(有限会社保坂染工場を含む)との間において竹内機業店の営業を廃止し、その債務を清算する目的で、上告人所有の物件(原料、製品、半製品、機械器具)を債権者らに譲渡し、債権者らにおいて右物件を換価してその代金を債権者らの各債権に応じて公平に分配し、右換価分配後もし余剰があれば、これを上告人に返還し、不足の場合には後日改めて両者協議して残債務の処理方法(免除するかどうか、免除しない場合は、その支払方法、時期等)を決める旨の合意がなされた上、上告人は右合意に基いてすでに債権者等に右物件を引渡したというのであるから、このような場合においては、債権者は先づもつて、その引渡を受けた物件を換価してその代金を弁済に充当し、不足を生じた場合においては、残債務を免除するかどうか、又は免除しない場合においてその支払方法時期等について、債務者と協議する義務を負うものと解するを相当とする。従つて、未だ上記目的物件の換価、その代金の弁済充当ないし不足額についての支払方法及び時期等について協議がなされない場合において債務の全部又は一部について請求がなされたときは、上告人は前記特約に基いてその請求を拒み得るものといわなければならない。それならば、上告人は本件各手形債権者である有限会社保坂染工場に対し前記事由をもつて対抗し得るところ、被上告人は本件各手形をいずれも支払拒絶証書作成期間経過後である昭和三十七年五月ごろ同会社から裏書譲渡を受けたものであることも原判決の確定するところであるから、右裏書は指名債権譲渡の効力を有するに過ぎず、従つて上告人は裏書人である有限会社保坂染工場に対して有する前記事由をもつて、被上告人に対しても、その善意悪意を問わず、これを主張し得るものといわなければならない。それなのに、原審が、上記特約に基く物件の換価その代金によつて弁済充当がなされて、余剰があつたかどうか、さらに不足があつた場合には、その不足分についての支払方法、時期について協議が行われたか、否やの事実について、なにも審理判断することなく、まんぜんと上告人と債権者ら間の特約は、当然に債権者らに対する各債務の支払を物件の売却処分完了時まで猶予することまで包含するものではないとして、被上告人の本件各手形金の請求を全部認容したのは、法律行為ないし法令の解釈を誤り、ひいて審理不尽の違法を犯したものといわなければならず、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破毀を免れない。

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